近年、健康診断などで指摘される「脂肪肝」の呼び方が世界的に大きく変わりました。これまで「NAFLD(ナッフルディー/ナッフルド)」や「NASH(ナッシュ)」と呼ばれていた疾患は、現在では「MASLD(マッスルディー/マッスルド)」や「MASH(マッシュ)」という新しい名称で定義されています。本記事では、なぜ名称が変更されたのか、その背景にある定義の違いや、私たちの健康にどのような影響があるのかを、専門的な視点から詳しく解説します。
NAFLDとNASHの基本概念を振り返る
お酒をあまり飲まないにもかかわらず、肝臓に中性脂肪がたまる脂肪性肝疾患が世間の注目を集めたのは1980年です。それまでアルコール性ではない脂肪肝は、肝硬変に進行しないと考えられていたのですが、この年、米国Ludwigが、一部の症例では肝細胞の壊死や炎症、線維化(組織が硬くなること)が進行し肝硬変や肝がんになることを報告し、「非アルコール性脂肪肝炎(NASH)」という概念を提唱します。ここから非アルコール性の脂肪肝に対する関心が喚起され、全体を「非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)」、一部進行するタイプを「NASH」として病態の研究が進められました。
これらは、アルコール摂取が原因ではないことを前提とした「除外診断(他の原因を否定することで診断すること)」に基づいた名前でした。しかし、医学の進展により、これらの病態の多くが肥満、糖尿病、高血圧、脂質異常症といった「代謝の異常」と密接に関係していることが明らかになってきました。
なぜMASLD/MASHという名称に変更されたのか
2023年、欧米の肝臓学会を中心とした国際会議において、NAFLD/NASHからMASLD/MASHへの名称変更が合意されました。日本でも2024年に日本肝臓学会などが、これに準じた新しい日本語名称を決定しています。名称変更の主な理由は、以下の3点に集約されます。
- 代謝異常という原因の明確化:従来の「非アルコール性」という言葉は、「何が原因ではないか」を示すだけで、「何が原因か」を説明していませんでした。新名称には「メタボリック(代謝)」という言葉が含まれ、過栄養や運動不足による代謝障害が主因であることを明確にしています。
- スティグマの解消:「アルコール」や「脂肪」という言葉には、患者の不摂生を強調するようなネガティブなイメージ(スティグマ)が伴うことがありました。新名称は、より医学的で中立的な「代謝機能障害」という表現を採用しています。
- 診断基準の精度向上: 新しい定義では、脂肪肝があることに加え、BMIや腹囲、血糖値、血圧、血清脂質などのうち、1項目以上の代謝異常がある場合に「MASLD」と診断されます。これにより、単なる脂肪の蓄積と、全身の代謝トラブルを伴うリスクの高い状態を、より正確に判別できるようになりました。
MASLDとMASHの特徴とリスク要因
新定義において、全般的な代謝関連の脂肪肝を指すのが「MASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)」です。そして、MASLDの中でも特に肝細胞に炎症や損傷が生じている、より重症な段階が「MASH(代謝機能障害関連脂肪肝炎)」となります。
日本肝臓学会の発表では、以下のようにあります。
脂肪性肝疾患を steatotic liver disease(SLD)と総称し,従来の NAFLD,NASH はメタボリック症候群の基準の一部を満たす場合に限定して,metabolic dysfunction associated steatotic liver disease (MASLD),metabolic dysfunction associated steatohepatitis(MASH)と診断することになりました。
引用:日本肝臓学会「NAFLD,NASHの病名変更」(2023年9月29日)
MASHの最大のリスクは、本人が気づかないうちに病態が進行することです。肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、炎症が進んでも自覚症状がほとんど現れません。放置すると、肝臓の線維化(組織の硬化)が進み、最終的には肝硬変や肝細胞がんへと進展する恐れがあります。
特に注意が必要なのは、2型糖尿病を合併している方です。インスリン抵抗性が高い状態は肝臓への脂肪蓄積と炎症を加速させるため、糖尿病患者におけるMASHの早期発見は非常に重要な課題となっています。
このように、MASLDのある方にとって、MASHの有無は大事ですが、ない場合でも、要注意です。なぜなら、肝臓以外のがんや心血管疾患(脳血管障害や虚血性心疾患)も多いことが指摘されており、これらはMASHのないMASLDからも発症するからです。
MASHを早期に見つけるための診断と検査
MASHを診断するためには、まず血液検査や画像診断で脂肪肝の有無を確認します。健康診断で「ALT(アラニンアミノトランスフェラーゼ)」や「AST(アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ)」といった肝機能数値の異常を指摘された場合は注意が必要です。
具体的な検査としては、超音波(エコー)検査が一般的です。最近では、肝臓の硬さ(線維化の程度)を非侵襲的に測定できる「フィブロスキャン」や、血液検査の結果から線維化リスクを算出する「FIB-4 Index(FIB-4指数)」などの計算手法も広く普及しており、これらを組み合わせることで、体に負担をかけずに精密な評価が可能になっています。
肝臓学会は、MASLDのある方の中からMASHのリスクの高い方を、消化器や肝臓専門医へ紹介して頂きやすいように、「奈良宣言」というフローチャートをホームページで公開しています。これによると、ALTが30を超えていたら、かかりつけ医を受診していただき、そこでMASLDの疑いがある場合、FIB-4インデックス1.3以上、もしくは血小板の値が20万未満の場合、MASHのリスクが高いと判断し、専門医への紹介を勧めています。
(FIB-4インデックスは、年齢・AST・ALT・血小板から計算できる指標で、肝臓学会などのホームページ内で計算できるようになっています)
確実な診断のためには、かつては肝臓の組織を一部採取する「肝生検」が必須でしたが、現在ではこうした高度な画像診断や血液マーカーの進化により、低侵襲で多くのケースのリスク評価が容易になっています。
MASHの治療法と予防へのアプローチ
MASHの治療において、現在最も基本的かつ効果的とされているのは「食事療法」と「運動療法」による生活習慣の改善です。
食事面では、総カロリーの制限に加え、果糖(フルクトース)を含む清涼飲料水や加工食品の摂取を控えることが推奨されます。また、3~5%程度の緩やかな体重減少だけでも肝臓の脂肪化は改善し、7%以上の減量は肝臓の炎症改善に寄与することが示されています。
薬物療法については、これまでMASHに特化した治療薬は限られていましたが、合併している糖尿病や高血圧に対する薬物療法でMASHに効果が出る場合もあります。特に近年「GLP-1受容体作動薬」などの代謝改善を促す薬剤が注目を集めています。これらは、もともと糖尿病や肥満症の治療薬として開発されたものですが、体重減少やインスリン感受性の向上を通じて肝臓の炎症を抑える効果が期待されており、現在も多くの臨床試験が進められています。
今後の展望とまとめ
MASHという新しい名前への変更は、単なる言葉の置き換えではありません。「脂肪肝は全身の代謝トラブルのサインである」という認識を広め、心血管疾患や糖尿病といった合併症を含めたトータルケアを目指すための大きな転換点です。
脂肪肝を「ただ太っているだけ」と軽く考えず、新しい基準に基づく適切な管理と早期の介入を行うことが、将来の深刻な肝疾患を防ぐ鍵となります。もし健診で肝機能の異常を指摘されたら、内科や消化器専門医に相談し、自分自身の肝臓の状態を正しく把握することから始めましょう。
参考文献
- e-ヘルスネット「脂肪肝」
- 日本肝臓学会「NAFLD,NASHの病名変更」
- 日本肝臓学会「奈良宣言特設サイト」
監修
片山 和宏 先生