はじめに
肥満症と診断され、真剣に治療に取り組んでいる方の中には、脂肪肝の進行について心配されている方も多いのではないでしょうか。特に、代謝異常関連脂肪肝炎(MASH)は、肥満症患者さんにとって深刻な合併症の一つです。
食事から摂取するエネルギーが消費エネルギーを上回ると、余分なエネルギーが脂肪として体内に蓄積され、その一部は肝臓にも貯蔵されます。このような状態が続くと、単なる脂肪肝から炎症を伴うMASHへと進行する可能性があります。
2025年8月、米国でセマグルチド(商品名:Wegovy(R))がMASH治療薬として承認されました。日本でも同成分の薬剤(ウゴービ(R))が肥満症治療薬として承認されており、将来的なMASH治療への応用が期待されています。本記事では、肥満症患者さんの皆様に向けて、この画期的な治療選択肢について詳しく解説します。
MASH(代謝異常関連脂肪肝炎)とは
MASHの定義と病態の理解
MASH(Metabolic dysfunction-Associated Steatohepatitis)は、従来NASH(非アルコール性脂肪肝炎)と呼ばれていた疾患の新しい名称です。
MASHは単なる脂肪肝とは大きく異なります。脂肪肝では肝臓に脂肪が蓄積するだけですが、MASHでは炎症と肝細胞の損傷が加わります。この炎症と肝細胞損傷により線維化(瘢痕化)が進行し、最終的には肝硬変や肝がんに至る可能性があるとされています。
MASHを含む脂肪性肝疾患全体は、従来NAFLD(非アルコール性脂肪性肝疾患)と呼ばれ、現在はMASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)という名称に変更されています。MASLDは世界的に患者数が多く、一般的な慢性肝疾患の一つとされています。日本でも、MASLDやMASHのリスク因子である肥満や糖尿病が増加傾向にあり、重要な健康問題と考えられています。
肥満症との密接な関係
肥満症とMASHには非常に密接な関係があります。肥満症の診断基準に含まれる健康障害の一つに「非アルコール性脂肪性肝疾患」が挙げられており、これにはMASHも含まれます。実際、肥満や過体重の方では、MASHのリスクが高くなることが知られています。
MASHのリスク要因として、肥満や過体重であることが最も重要で、体重が重いほどリスクが高くなります。また、前糖尿病状態(インスリン抵抗性)、2型糖尿病、高コレステロール血症、高トリグリセリド血症、高血圧なども重要です。これらの要因を持つ方は、MASHのリスクが高くなることが知られています。
診断の困難さと早期発見の重要性
MASHは「silent disease(無症状の疾患)」と呼ばれ、多くの場合、症状がありません。症状がある場合でも疲労感や右上腹部の痛み程度で、特異的な症状ではないとされています。そのため、多くの患者さんは他の理由で行った血液検査で肝機能異常が発見されて初めて診断されます。
進行したMASHで肝硬変に至ると、黄疸、腹水、むくみ、精神的混乱、消化管出血などの深刻な症状が現れます。しかし、この段階では既に肝臓の機能が大幅に低下しており、治療選択肢が限られてしまいます。
そのため、肥満症患者さんでは定期的な肝機能検査と腹部超音波検査による早期発見が重要です。血液検査では肝酵素(ALTやASTなど)の上昇を確認し、画像検査では肝臓の脂肪蓄積や線維化の程度を評価します。
GLP-1受容体作動薬「セマグルチド」
体重減少を中心とした代謝改善効果
セマグルチドは、GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)受容体作動薬という新しいクラスの薬剤です。GLP-1は本来、食事摂取時に小腸から分泌されるホルモンで、血糖値の調節や食欲の抑制に重要な役割を果たしています。
人工的に合成されたセマグルチドは、GLP-1と類似構造を持っているため、その受容体に作用し、食欲を自然に抑えて食事量を減らしやすくする薬です。体重減少に加え、血糖などの代謝機能も整いやすくなります。こうした作用により、肝臓の脂肪や炎症の改善が期待されています。
日本での承認状況と適応
日本では2023年3月に、セマグルチド注射薬(ウゴービ(R)皮下注)が肥満症治療薬として承認されました。この承認により、日本でも科学的根拠に基づいた肥満症の薬物療法が可能になりました。
適応となるのは、BMI≧27kg/m²で2つ以上の肥満関連健康障害を有する場合、またはBMI≧35kg/m²の場合です。対象となる肥満関連健康障害には、2型糖尿病、高血圧、脂質異常症、そしてMASHを含む非アルコール性脂肪性肝疾患が含まれています。
つまり、日本では肥満症の診断基準を満たす場合に、医師の管理下でセマグルチドによる治療が行われることがあります。ただし、日本ではMASHそのものを適応とした承認はありません。治療は肥満症の適応を満たす場合に、医師の管理下で行われます。
また、ウゴービは胃腸障害などの副作用を抑えるため、低用量から開始し、4週間ごとに段階的に増量します。用法・用量は患者さんの状態に応じて調整されます。
海外試験で示されたMASH改善効果
ESSENCE試験の良好な結果
ESSENCE試験は、生検で確認された中等度以上の線維化を伴うMASH患者さんを対象とした第3相試験です。
72週時点の中間解析では、MASHの改善はセマグルチド群で約63%、プラセボ群で約34%と大きな差が認められました。また、肝線維化の改善についても有意な差が示されています。
これらの結果から、セマグルチドがMASHの炎症と線維化の両方に効果を示す可能性が示唆されました。
体重減少との相乗効果
ESSENCE試験では、MASH改善と並行して顕著な体重減少効果も確認されました。72週間の治療により、セマグルチド群では平均10.5%の体重減少が認められ、プラセボ群の2.0%と比較して8.5ポイントの大幅な差が示されました。
この体重減少効果は、肥満症治療における日本の臨床試験結果とも一致しています。日本人を含む肥満症患者さんを対象とした試験では、68週間の投与により平均13.4%の体重減少が認められ、5%以上の減量を達成した患者さんの割合は82.9%に達しました。これはプラセボ群の21.0%と比較して大きな効果です。
この体重減少により、肝臓への脂肪蓄積が減少し、インスリン抵抗性が改善され、全身の慢性炎症が軽減されます。これらの変化が相乗的に作用することで、MASHの根本的な改善につながると考えられています。
代謝面への幅広い影響
セマグルチドの効果は体重減少だけではなく、MASH患者さんにとって重要な血糖・血圧・脂質などの代謝パラメータが包括的に改善されることが確認されています。
肝臓への直接的な治療効果
セマグルチドがMASHに効果を示すメカニズムは多面的とされます。まず、体重減少により肝臓の脂肪蓄積が直接的に減少します。さらに、インスリン抵抗性の改善により、肝臓での糖・脂質代謝が正常化されます。
また、全身の慢性炎症が軽減されることで、肝臓の炎症も抑制されます。内臓脂肪から分泌される炎症性サイトカインの減少により、肝細胞の炎症と損傷が軽減され、線維化の進行も抑制されると考えられています。
さらに最近の研究では、セマグルチドが直接的に肝臓の代謝機能を改善する可能性も示唆されています。これにより、体重減少を介した間接的な効果だけでなく、肝臓への直接的な治療効果も期待されています。
日本でのMASH治療の現状
現在、日本ではMASH治療薬として承認されている薬剤はありません。そのため、治療の基本は食事療法・運動療法による生活習慣の改善となっています。
しかし、海外では治療薬の開発が進んでいます。米国では2024年にレスメチロム(Rezdiffra)が初めてのMASH治療薬として承認され、2025年8月にはセマグルチド(Wegovy)が2番目の治療薬として承認されました(いずれも米国では加速承認制度を用いた承認)。現時点では、日本では肥満症を合併するMASH患者さんに対して、既に承認されているウゴービ(セマグルチド)による治療が選択肢となる場合があります。ウゴービは肥満症治療薬として承認されており、体重減少を通じてMASHの改善も期待できます。
ウゴービの特徴は、肥満症治療を通じて体重減少、血糖改善、血圧改善などの包括的な効果が期待できることです。これにより、MASHの根本的な要因である代謝異常の改善が可能になります。
副作用と注意点
主な副作用とその特徴
ウゴービの副作用は主に消化器系の症状です。日本人を含む臨床試験では、便秘が24.1%、悪心が15.6%、下痢が13.1%、嘔吐が7.5%の患者さんで認められました。これらの副作用は多くの場合、治療開始初期に現れ、時間とともに軽減する傾向があります。
段階的な増量プロトコルにより、これらの副作用を最小限に抑えることが可能です。患者さんの忍容性に応じて増量を延期したり、一時的に減量したりすることで、治療を継続できる場合が多くあります。
副作用への対処法として、悪心や嘔吐に対しては食事量を少なくし、ゆっくりと食べることが推奨されます。便秘に対しては水分摂取を増やし、食物繊維を多く含む食品を摂取することが有効です。下痢の場合は脱水に注意し、必要に応じて医師に相談することが重要です。
重大な副作用への警戒
重大な副作用として注意すべきは急性膵炎です。発現頻度は0.1%と低いものの、嘔吐を伴う持続的な激しい腹痛が現れた場合は、直ちに投与を中止し、医師の診察を受ける必要があります。
またセマグルチドは、インスリンの分泌を促進し、血糖上昇作用のあるグルカゴンの働きを抑制するため低血糖も重要な副作用の一つとなり得ます。特に2型糖尿病患者さんで他の血糖降下薬と併用する場合、低血糖のリスクが高まります。脱力感、冷汗、動悸、めまいなどの症状が現れた場合は、糖質を含む食品を摂取し、必要に応じて薬剤の減量を検討します。
胆嚢炎や胆石症の発現も報告されています。腹痛、発熱、黄疸などの症状が現れた場合は、画像検査による精査が必要です。これらの副作用は適切な監視により早期発見・対処が可能です。
使用上の注意と禁忌
セマグルチドは以下の患者さんには使用できません。1型糖尿病患者さん、糖尿病性ケトアシドーシス、重症感染症や手術等の緊急時(2型糖尿病患者さんの場合)、本剤の成分に対する過敏症の既往がある患者さんです。
また、膵炎の既往歴のある患者さん、重度の胃腸障害のある患者さんには慎重な投与が必要です。妊娠を予定している女性では、投与中止後2ヵ月間は避妊が必要とされています。
他のGLP-1受容体作動薬やセマグルチド含有製剤との併用は避ける必要があります。また、DPP-4阻害剤との併用についても、有効性と安全性が確認されていないため注意が必要です。
治療費と実際の選択肢
保険適用と経済的側面
ウゴービは肥満症治療薬として保険適用されており、適応基準を満たす患者さんでは3割負担で月額約3万円程度の自己負担となります。ただし、MASH治療としての使用は現在のところ適応外使用となるため、医師との十分な相談と説明が必要です。
治療効果を維持するためには継続的な投与が重要です。治療を中止すると、体重や代謝パラメータが元に戻る可能性があるため、長期的な治療計画を医師と相談することが大切です。経済的な負担も考慮し、患者さんの生活状況に応じた治療計画を立てることが重要です。
生活習慣改善との統合的アプローチ
薬物療法の効果を最大化するためには、生活習慣改善との併用が不可欠です。食事療法では、カロリー制限と栄養バランスの改善が基本となります。塩分や糖分を控え、野菜や全粒穀物を多く摂取することが推奨されます。
運動療法では、週150分程度の有酸素運動と筋力トレーニングの組み合わせが効果的です。これにより代謝が向上し、薬物療法との相乗効果が期待できます。また、規則正しい生活リズムと十分な睡眠も治療効果の向上に重要です。
まとめと今後の展望
新時代のMASH治療
セマグルチド(ウゴービ)の登場により、MASH治療は新たな時代を迎えました。これまで「生活習慣の改善しかない」と言われていた疾患に対し、科学的根拠に基づいた効果的な薬物療法の選択肢が提供されました。
特に肥満症を合併するMASH患者さんにとって、セマグルチドは理想的な治療薬といえます。一つの薬剤でMASH、肥満症、そして関連する代謝性疾患を包括的に治療できることは、患者さんの生活の質向上に大きく貢献します。
ESSENCE試験で示された62.9%というMASH消失率は、これまでの治療法では達成困難な数値です。また、36.8%の患者さんで肝線維化の改善が認められたことは、進行したMASH患者さんにとって大きな希望となります。
日本での今後の展望
日本でも将来的にMASH適応が承認される可能性が高いと考えられます。既に肥満症治療薬として承認されており、安全性プロファイルも確立されているため、適応拡大への道筋は明確です。
現在でも、肥満症の診断基準を満たすMASH患者さんでは、ウゴービによる治療が可能です。結果的にMASHの改善も期待できるため、適切な医師の判断のもとで治療選択肢として検討できます。
専門医への相談の重要性
ただし、この治療法は医師による適切な診断と管理のもとで行われるべきものです。MASH の診断には肝生検が必要な場合もあり、治療効果の評価にも専門的な知識が必要です。
肥満症やMASHでお悩みの方は、まず肝臓専門医や内分泌代謝科の専門医にご相談ください。患者さん一人ひとりの病態に応じて、最適な治療法を選択することが重要です。
新しい治療選択肢により、これまで諦めていた患者さんにも希望の光が見えてきました。適切な医学的管理のもとで、効果的で安全な治療を受けることで、MASHの改善と生活の質の向上を目指していきましょう。
※この記事は医学的情報の提供を目的としており、個別の診断や治療の代替となるものではありません。治療に関する判断は、必ず医師にご相談ください。
参考文献・参照サイト
- Sanyal AJ, et al. Phase 3 Trial of Semaglutide in Metabolic Dysfunction-Associated Steatohepatitis. N Engl J Med. 2025;392(21):2089-2099. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40305708
- ノボノルディスク社プレスリリース 「(2025年8月20日)」「(2025年11月21日)」
- FDA 「FDA Approves Treatment for Serious Liver Disease Known as ‘MASH’」
- 独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)「セマグルチド」
- MedlinePlus「Fatty Liver Disease」「Nonalcoholic fatty liver disease」
- 厚生労働省「令和6年「国民健康・栄養調査」の結果」
監修
奥田 英伸 先生