もしも明日、大きな地震が起きて避難所での生活が始まったら――あなたの身体はその環境に耐えられるでしょうか?体育館の硬い床、段ボールベッド、限られたトイレ、配給を受け取るための長い列。普段なら何でもない動作が、災害時には大きな負担としてのしかかってきます。実際、過去の震災では避難所で深部静脈血栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)を発症する人が少なくないことが明らかになっています。
防災というと、水や食料、懐中電灯といった「モノ」の備えを思い浮かべる方が多いと思います。しかし救急・災害医療の現場から見えてくるのは、いざというときに自分と家族の命を守るのは、平時から整えてきた「身体そのもの」だという事実です。本稿では、災害時に身体へかかる負担と肥満との関係を整理し、今日から始められる「身体の防災」としての体重管理について考えていきます。
1.「身体の備え」も防災の一つ
災害への備えとして、水・食料・懐中電灯などの物資が重視されます。しかし救急・災害医療の視点からは、避難生活に耐えられる身体を平時から整えることも同様に重要な備えです。災害時は医療へのアクセスが制限されやすく、立ち上がる、歩く、階段を下りる、限られた場所で眠るといった日常動作が避難生活では大きな身体的負担となります。体重管理は単に見た目を整えるものではなく、いざというときに自分の命と生活を守る健康管理でもあります。
2.体重が多いと生じやすい身体への負担
体重が多い場合、避難時の移動・荷物の運搬・床からの起立といった動作で膝・腰・足首・心肺への負担が増大し、息切れや疲労が生じやすくなります。避難所では体育館の床・段ボールベッド・車内など十分な寝具が確保できない環境での睡眠を余儀なくされることがあり、呼吸や心肺に予想以上に負荷がかかります。特に肥満がある人では閉塞性睡眠時無呼吸を合併しやすく、同症状が高血圧・不整脈・心不全などの心血管リスクと関連することが系統的レビューで示されています1。
3.避難生活で注意すべきエコノミークラス症候群
避難生活において注意すべき疾患の1つに、静脈血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)があります。長時間の同一姿勢・水分不足・運動不足が重なると足の静脈に血栓が形成されやすくなり、それが肺の血管に詰まると突然の息苦しさ・胸痛・失神など命に関わる事態を招きます。
北海道胆振東部地震後の避難所スクリーニングでは195人中19人(9.7%)に深部静脈血栓症が認められ、段ボールベッドの使用やトイレ環境が予測因子として示されました2。2024年能登半島地震後の研究でも、避難所の過密や長期運営がリスクと関連することが報告されています3。
4.肥満が静脈血栓塞栓症リスクを高める
体重が多いと長時間の座位で下肢静脈が圧迫されやすく、ふくらはぎの筋ポンプ機能も低下するため血流が滞りやすくなります。BMIと静脈血栓塞栓症の関係を調べた系統的レビュー・メタ解析(約391万人)では、肥満が有意なリスク因子とされています4。体重管理は血管への負担を減らす観点からも重要であり、だからこそ平時から少しずつ無理のない範囲で身体への負荷を軽くしておくことが大切です。
5.持病が不安定化しやすい避難生活
避難生活では食事・睡眠・運動・服薬・ストレスのすべてが変化し、高血圧・糖尿病・脂質異常症・心臓病・腎臓病などの持病が不安定化しやすくなります。肥満は糖尿病や心血管疾患など複数の合併症と関連することが示されており5、こうした持病を抱える人ほど環境変化の影響を受けやすくなります。体重・血圧・血糖が安定している人ほど環境が変わっても体調を保ちやすく、災害時の「適応力」を高めることにもつながります。
6.お薬手帳を災害時の命綱に
避難時に薬を持ち出せない事態に備え、①お薬手帳を非常用持ち出し袋に入れる、②スマートフォンで薬のページを撮影・保存する、③家族と薬の情報を共有する、といった準備を平時から進めておくことが大切です。特に血圧・糖尿病・抗凝固薬・睡眠時無呼吸の治療機器を使用している場合は、かかりつけ医に災害時の継続方法を相談しておくと安心です。
7.安全で持続可能な体重管理を専門家と
無理な食事制限は筋力低下を招き、避難時に歩く・立ち上がる・荷物を持つ力を損なう危険があります。体重の5〜10%程度の減少でも血圧・血糖・脂質などの健康アウトカムが改善し得ること、現実的な目標設定と継続的支援が重要であることが示されています5。
持病がある場合は自己流の急激な減量を避け、医師・管理栄養士・看護師・理学療法士などの医療チームと連携しながら安全で持続可能な方法で進めることが求められます。肥満症の専門医療機関では体重だけでなく、血圧・血糖・脂質・睡眠・運動能力を含めた総合的な評価が可能です。
8.日常の健康習慣がそのまま防災になる
毎日の体重測定・血圧記録・適度な歩行・水分補給・睡眠の確保・お薬手帳の整備といった日常の健康習慣は、そのまま避難生活への備えとなります。体重管理は災害への不安を高めるものではなく、自分でできる備えを増やすための前向きな取り組みです。健康づくりと防災は別々のものではなく、今日の一歩がもしもの時に自分と家族を守る力となります。
引用文献
- Thareja S, Mandapalli R, Shaik F, et al. Impact of Obstructive Sleep Apnea on Cardiovascular Health: A Systematic Review. Cureus. 2024 Oct 20; 16(10): e71940.
- Kamada K, Uchida D, Okuda H, et al. Venous Screening Activities at the Site of Hokkaido East Iburi Earthquake: Report from the Result of Venous Screening in Preventive Awareness Activities. Ann Vasc Dis. 2023 Sep 25; 16(3): 163-168.
- Nakai H, Horiike R, Itatani T, et al. Assessment of the Risk of Venous Thromboembolism in Overcrowded Shelters: A Geospatial and Statistical Analysis of the 2024 Noto Peninsula Earthquake. Cureus. 2025 Oct 28; 17(10): e95558.
- Rahmani J, Haghighian Roudsari A, Bawadi H, et al. Relationship between body mass index, risk of venous thromboembolism and pulmonary embolism: A systematic review and dose-response meta-analysis of cohort studies among four million participants. Thromb Res. 2020 Aug; 192: 64-72.
- Fruh SM. Obesity: Risk factors, complications, and strategies for sustainable long-term weight management. J Am Assoc Nurse Pract. 2017 Oct; 29(S1): S3-S14.
医師プロフィール
小林 誠人 先生
大阪府済生会千里病院 千里救命救急センター/外傷・急性期外科センター 部長/センター長。1994年に鳥取大学医学部医学科を卒業後、鳥取大学医学部第1外科および関連施設で外科を研鑽。その後、大阪府立千里救命救急センター医長、兵庫県災害医療センター救急部副部長兼集中治療室室長、公立豊岡病院但馬救命救急センターセンター長、鳥取県立中央病院院長補佐兼高次救急集中治療センターセンター長等を経て、2025年9月より現職。日本救急医学会指導医・専門医、日本集中治療医学会専門医、日本外科学会指導医・専門医、日本外傷学会外傷専門医、日本Acute Care Surgery学会Acute Care Surgery認定外科医、日本航空医療学会認定指導者。