乳がんと「脂肪組織」の意外な関係
乳房は乳汁を分泌する「乳腺組織」とそれを包み込む「脂肪組織」から構成されています。乳がんの発症・増殖に女性ホルモン(エストロゲン)が関与していることはよく知られています。エストロゲンは閉経前では主に卵巣で作られていますが、閉経後は主に副腎皮質で作られる男性ホルモン(アンドロゲン)が脂肪組織などから生成されるアロマターゼという酵素の働きでエストロゲンに変換されます。従って閉経後の女性にもエストロゲンは存在します。
なぜ肥満が乳がんのリスクを押し上げるのか
肥満により脂肪組織内でのアロマターゼが亢進し、乳腺組織内のエストロゲン濃度が上昇します。肥満になると細胞のインスリン抵抗性が高まり、慢性的な高インスリン血症を引き起こします。インスリンは血糖を下げる作用だけでなく、細胞の増殖因子としても働き、各種がんの発症リスクを上昇させます。また、慢性炎症とは低レベルの炎症反応が長期間持続することで、その原因の一つとして肥満があります。脂肪細胞からは、さまざまな生理活性物質(アディポカイン)が生産分泌されます。肥満になると食欲を抑制するホルモン(レプチン)が働かず、食欲が抑えられないようになり、腫瘍壊死因子(TNF-α)が増え、動脈硬化を防ぐ善玉物質であるアディポネクチンが減ります。
乳腺外科手術における「体格」の影響
乳がんの治療は手術、内分泌療法、化学療法、放射線治療などを組み合わせて集学的に行われますが、手術による腫瘍切除は必須です。また、「がんの手術」は原発巣の切除だけでなく領域リンパ節の郭清することが原則です。肥満は乳がん手術のリスクを高めます。近年、腋窩リンパ節(わきの下のリンパ節)郭清の代わりにセンチネルリンパ節生検を行うことが多いのですが、太っている方のセンチネルリンパ節の同定はより困難で時間もかかります。手術時間が長くなり、脂肪組織が多ければ、手術創感染のリスクも高まり、腋窩のリンパ液貯留も増加します。
ティッシュエキスパンダーやインプラントを用いた乳房再建手術では、感染すれば挿入物を抜去しなければなりません。腋窩リンパ液貯留は手術側のリンパ浮腫(腕のむくみ)の原因となります。リンパ浮腫は術後長期にわたって、QOL(生活の質)を下げます。BMI(体重kg/身長m2)が30を超えるとリンパ浮腫が悪化しやすいと言われています。リンパ浮腫の改善には圧迫療法やリンパドレナージ以外に、体重を落とすことが肝心です。
臨床の現場で向き合う「治療の質」
乳がんの術前、術後また再発治療にさまざまな化学療法がおこなわれることが多いのですが、化学療法の投与量は体表面積を基準とします。同じ身長でも体重の多い方は投与量がより多くなります。投与量が多くなれば嘔気、嘔吐、下痢、便秘、発熱、脱毛などの副作用がさらに多く発現します。また、肥満の方の再発リスクと死亡リスクは1.1~1.3倍と推定されます。これは肥満により化学療法だけでなく内分泌療法の効果も劣るためと考えられています。
乳がんは乳房のあらゆる場所から発症するので、肥満による大きな乳房では触診所見はもちろんですが、マンモグラフィやエコー検査での見落としが問題となります。また、乳がんの発症だけでなく再発のリスクと肥満の関係は明らかです。乳がんの発症を契機に肥満だけでなくご自身の生活習慣病を見直してみませんか。
専門医からのメッセージ:今日から取り組む、自分らしい乳房ケア
肥満だけでなく痩せ過ぎも問題となります。適正体重は男性ではBMI 21~27、女性では21~25とされていて、この範囲になるように体重管理を目指しましょう。
乳房のセルフチェックはもちろん重要ですが、セルフチェックだけでは限界があり、小さな「しこり」を見つけることはできません。乳がんの発症数は依然増加しているにも関わらず、残念ながら乳がんの公的検診率は低いままです。年間10万人以上の女性が乳がんに罹患し、1万5,000人以上の方が乳がんで亡くなっています。女性の9人に1人が乳がんになる時代ですが、乳がんは早期に発見し適切な治療を受ければ、100%近く治る病気です。セルフチェックをしたうえで、定期的な乳がん検診を継続することをお勧めします。
医師プロフィール
嶋田 昌彦 先生
けいゆう病院 ブレストセンター長、参事。1979年金沢大学医学部卒業後、慶應義塾大学一般・消化器外科学教室入局、国立がんセンター研究所内分泌部を経て、1986年よりけいゆう病院、2020年より現職。日本乳癌学会専門医・指導医、日本外科学会専門医・指導医、日本消化器外科学会指導医